ニューヨークのメンタルヘルス事情について:NY邦人メンタルヘルスネットワーク 森真佐子先生

ニューヨークの邦人メンタルヘルス事情について

まずはニューヨークの現状ですが、今日でロックダウン開始から3週間ほど経ちました。以前は混雑を極めた駅や地下鉄、タイムズスクエアなどの観光地でもほとんど人の姿が見られないさまは異様に感じられます。前は安全で安心して歩けていたミッドタウンなどでは治安が心配で一人で歩くのがためらわれるという声も聞きます。昨日4月10日現在のニューヨーク州全体の感染者数は180,458名、死者数8,627名、ニューヨーク市だけでは感染者数98,308名,死者数6,201名です。前回ご報告した時はニューヨーク市の感染者数43,139名,死者数は 932名でしたので、この10日間で感染者数が倍以上、約5万5千人増加し、死者数は約9倍以上、5,269人増加しています。ニューヨーク市では許容量を超えた病院も出たようで、それ以外の病院でもベッド数や人工呼吸器が足りなくなる・間もなく底をつくという深刻な状態もあり、その対応として海軍の病院船がニューヨークに到着したり、テニスセンターやセントラルパーク、大聖堂などの巨大なスペースを用いて急遽病院が作られてたりしています、遺体を収容する場所がなくなり、病院の外にそのための巨大な冷蔵トラックが何台か用意されたりもしています。ニューヨーク市でコロナ関連で職をなくしUnemployment benefitを申請した人数は約45万人、アメリカ全体では1600万人に上っています。そんな中、明るいニュースは今週に入りカーブが平坦化してきた前兆があり、昨日は入院患者数とICUにいる患者数が初めて減少したと報告されています。

そんな状況ですが、ニューヨーク市では生活必需品の買い物や、単独でできる運動のため外へ出ることは認められており、セントラルパークなどの公園も今のところは開いているので(ただ人が集まりがちなプレイグラウンドやバスケットボールのコートなどは撤去されましたが)、天気が良い日など比較的多くの人がジョギングや散歩などを楽しんでいるという一見平和な風景もあちこちで見られます。

このような状況の中、サイコセラピーなどの心理療法はほとんどがTeletherapyに切り替えられています。ニューヨーク日本人教育審議会教育相談室でも3月半ばからZoomなどを通してセッションを行っています。私が担当している子ども達は、全般的な傾向として比較的落ち着いた状態の子が多いです。学校は3月半ばから休校となり、すでにオンライン授業が始まっている学校もあります。ほとんどの親御さんは在宅勤務で、子どもたちは24時間両親と一緒です。学校でのストレスがないこと、普段忙しくほとんど顔をみない父親が、在宅勤務で忙しいといっても家にいつもいてくれるということが子ども達の心の落ち着きへの助けとなっているのかもしれません。他のネットワークメンバーにも聞いてみたところ、同じような傾向がみられるとのことでした。ただ受験を控えた中高生の中には、勉強を心配する親にとって一日中家にいる子どもがそれほど勉強していないように見え、親がイライラして口調が厳しくなり、親子間で確執が起こるなどのこともあるようです。また家庭内でもともとあった夫婦間、家族間の問題が、コロナ関連のストレスやいつも家に一緒にいることでより顕著に表れる傾向も見られます。反面、夫婦・家族で一緒にいられる時間が増えて嬉しい、パンデミックを機に絆が更に深まった、というご家庭もあるようです。

大人のクライアントに関しては、もともと不安障害がある人は不安感が強まり、症状が悪化する傾向があるようです。全般的には、日々状況が深刻になっていくにつれクライエントの不安も強まっている印象が強いです。不安の要因は多岐にわたり、病院のベッドや医療スタッフが不足しているというニュースが蔓延する中、感染したらどうしようという不安が起こり、それが強まって中にはパニック発作が起こったり、OCD症状のように手を一日に百回以上に洗うようになった方もおられます。また解雇されてしまった、あるいは仕事がこの先どうなるのかという失業への恐怖や、アジア人に対する差別や暴力の報道がある中、必要があっても外に出るのに恐怖を感じる人もおられます。また日本のほうが安全と本帰国を考えるが、この時期に帰国して子どもがいじめられないかなどの心配もあるようです。さまざまな情報が飛び交う中、何が正しいのかを慣れない異文化で判断していかなければならない不安も多いようです。

反面、社会不安が強く引きこもりがちなクライエントは全体的に落ち着いている傾向があるようで、世の中全部引きこもり生活になっているので、人付き合いをせずに済み、それに対する罪悪感や劣等感など感じることもなく過ごしやすいとのこと。またIntrovert・内向的な人は1人の時間を自由に持て逆に安定する傾向もあるとのことです。OCDがあり手洗いをせずにいられないクライエントが、現在人々が予防行動として頻繁に手洗いしていることをValidatingに感じているとも聞きました。中には、もともと自宅でオンラインのビジネスなどしているクライエントは今後仕事を広げられそうで、ほぼ動揺がない人もいるとのこと。それぞれの症状を抱えたクライエントが置かれている状況と、もともとの気質・性格他の資質により個人差がでるようです。

テレセラピーについては、ロックダウン中のストレスが高まり孤立しやすい現状況の中で、セラピストがクライエントのストレス反応をノーマライズすることで安心感を得られたり、定期的にセラピストと話ができることで救われていると感じるクライエントも多いようです。全般的にキャンセルの率が低下する傾向があります。家にいながらオンラインでセラピーが受けられる便利さが大きいと思われます。ただ日本人家庭の場合、家族がずっと家にいてプライバシーが守れないためキャンセルせざるを得ない人も少なくないようです。全般的なセラピストの印象として、現在のような危機時の状況でもストレスの影響をそう強く受けずにすみ、比較的落ち着いているクライエントが多いようです。

余談ですが、ニューヨーク市の住民がSNSを通して、生命の危険を背負いながら患者の治療にあたる医療スタッフや、生活必需品や食品を扱う労働者への畏敬の念と感謝の気持ちを込め、3月末のある日の午後7時ちょうどにNY市全域のそれぞれの家や居場所で窓を開け拍手かっさいしエールを送ろう、という試みが企画・実施されました。私の自宅のアパートでも、窓を閉めていてもよく聞こえるぐらいの大きなApplauseや応援が15分は続きました。その後も毎日、午後7時になるとあちこちの窓が開き、ニューヨーカーが医師、看護師他医療スタッフ、フロントラインで働く人達へのエールを、大声やフライパンを叩いたりして音を出し送っています。ニューヨーカーらしい、心が温かくなる一瞬です。

先月アメリカの週刊新聞「週刊NY生活」の教育コラムに書いた「新型コロナウイルスと心のケア」の第二弾が先週掲載されましたので、ご紹介いたします。

森真佐子(NY州公認クリニカルサイコロジスト、臨床心理士/NY日本人教育審議会教育文化交流センター教育相談室)

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