学校関係者への手引き:震災で愛する人を失った生徒の心のケア

トラウマ(心的外傷)の経験

地震は大人、子ども、家族、地域社会にとって恐ろしい災害でした。極限的な生命の危機、破壊、傷害、死がこの経験をとりわけ衝撃的なものにしました。多くの人は自分自身の命を守るために苦闘するかたわら、友人や家族、同僚、隣人が重傷を負ったり亡くなったりするのを目撃しました。そのような状況下では多くの場合、子どもも大人も強い不安や無力感、恐怖を感じます。こうした感情はその後も長期にわたり繰り返し戻って来る可能性があります。衝撃的な形で大切な人と死別したとき、子どもや青少年は外傷性悲嘆を経験し、それにより死を悲しんだり悼んだりすることがより困難となり、また亡くなった人を思い出す際にはその人死に方も鮮明に心に蘇ることもしばしあります。トラウマ体験や死別に対する反応は家庭や学校での子どもの態度に表れるでしょう。養育者は子どもやティーンエイジャーの反応を理解し、支えとなり、また必要な場合には現状への適応を手助けしたり将来生じるであろう問題を未然に防ぐことができるよう他からの助力を得ることが肝要です。

トラウマ体験や死別に対し子どもやティーンエイジャーはいかなる反応を示すか?

トラウマ体験や死別に対する子どもやティーンエイジャーの反応は様々です。災害の感じ方、理解度、難しい感情を処理する能力、対処の仕方はその子の年齢、気質、他の人生経験や心の問題によって異なるでしょう。養育者、家族、友人、学校、地域社会のいずれも子どもや青少年の反応や回復の仕方に影響を与えます。多くの子どもが短期間で困難を乗り越える一方、問題を抱え続ける子もいて、さらには時の経過とともに悪化する場合もあります。トラウマ体験や大切な人の死は子どもが持つ安心感や周りの人が守ってくれるという信頼感、愛する人との関係が強固なものであるとの確信、危険の処理を含む自己管理に対し芽生えつつある自信、人生は公平で制御可能であるという感覚に影響を及ぼすこともあり得ます。

子どもたちの死に対する理解は成長とともに変化し、また以下のように家庭の価値観や宗教的、文化的価値観の影響を受けます。

•未就学児は死が不可逆的なものであることを理解せず、死んだ人が生き返ると思い込むことがあります。

•小学生は死の物理的実在性を理解しているとしても、愛する人の再生を願うあまり、死者の存在を幽霊のような幻影として体験することがあります。

•思春期の若者は幼稚な態度を取り続けたり亡き親を必要としているように振る舞ったり、あるいは喪失感を最小化して早く大人になろうとしたりすることがあります。

震災後の遺体収容が難航し死亡が確認できない場合、上記の反応はより一層激しく長期化することがあり得ます。

死別が若者に与える影響はその子が人生のどの段階にあるかによって異なります。幼児が親を失った場合、養育者の交代や日課の乱れによる影響を受けるでしょう。小学生の場合は保護者を失うだけでなく、たゆまぬ心の支え、学業や学校外での活動への日々の支援を失うことにもなります。ティーンエイジャーの場合は保護者が亡くなった時点で自立への途上にあった分、生き残った家族への責任感とさらなる自立への欲求の狭間で葛藤することが考えられます。

愛する人がトラウマとなるような死に方をした場合、子どもやティーンエイジャーは小児期外傷性悲嘆を経験する恐れがあり、そこで生じる反応により肯定的なことを思い出す能力や亡くなった人がいない生活への適応を促すような活動に従事する能力に支障が出ることがあります。

地震等の災害の後に一般的に表れる反応には共通点があります。子どもやティーンエイジャーが衝撃的な形で死別を経験した後、以下の領域で困難を抱えるのは珍しいことではありません。

•思考

๏混乱

๏集中力、記憶力、注意力への支障

๏死を防ぐために自分が何かすべきだったのではないかと考える

๏他にも身近な人が死ぬのではないかと思う

•感情

๏恐怖、不安、自他の安全に対する懸念

๏無力感、自制心の欠如

๏悲しみ、抑うつ、絶望、孤独

๏怒り、苛立ち

๏罪悪感、羞恥、自信喪失

๏途方に暮れる

•身体反応

๏疲労

๏腹痛、頭痛

๏動悸、震顫

๏その他身体愁訴

•行動

๏けんか、かんしゃく

๏まとわりつき、離れることや独りになることの拒否

๏日常活動への無関心

๏不衛生、おろそかな健康管理

๏他者や活動を避けて引きこもる

๏摂食・睡眠パターンの変化、摂食・睡眠障害

๏学業不振

๏怒りの表出行動、危険行為

๏その他行動の異変

•リマインダー(記憶を蘇らせるもの)への反応

๏トラウマ体験のリマインダー:死を連想させるような場所、状況、人、光景、匂い、音。例えば建物の倒壊に類似した衝突音や叫び声を聞いたり、がれきを見たりすること。

๏喪失のリマインダー:人、場所、物、状況、思考、記憶。例えば食卓や教室の空席。

๏変化のリマインダー:生活が変わったことを思い出させるような状況、人、場所、物。例えば親類のもとに身を寄せたり、新しい先生を亡くなった先生の後任として迎えたりすること。

PTSD(=posttraumatic stress disorder: 心的外傷後ストレス障害)とは?

PTSDとはトラウマとなるような出来事の後1ヶ月以上経って表れる特定の反応のことを指します。その症状は概ね次の3つに分類されます。

•再体験:出来事が心の中で再現されること。例えば心が動揺するようなことを何度も考えたり、苦痛な悪夢を繰り返し見たり、また幼児の場合にはその出来事に関する遊びを繰り返したりすること。例:子どもが積み木を高く積み上げては壊し、積み上げては壊し、を繰り返す。

•過覚醒:危険を警戒し異常に用心深くなると同時に緊張、神経の高ぶり、興奮、苛立ち、怒りを感じたり、驚愕反応が増えたりすること。例:子どもが建物の倒壊に類似した音を聞いたり、床の揺れを感じたりしたときに、心臓が早打ちする。

•回避/退避:トラウマ体験を思い出させるような思考、感情、場所を避けること。例えば活動への不参加や無関心、また感情的な隔たりを持つこと。例:ティーンエイジャーが学校の部活仲間を亡くした後、部活への参加を拒む。

悲嘆過程とは?

悲嘆には正しいやり方も間違ったやり方もなく、死を悼むのに適切な期間などというものもありません。悲嘆の仕方はそれぞれの子どもによって異なり、また大きくなって新たな経験に直面するにつれてその過程も変化します。幼児期に父親を亡くした子は大きくなってから父の死について新たな疑問を抱くかもしれません。子どもの頃に母親を亡くした女の子はティーンエイジャーになってから母への思慕を新たにするかもしれません。子どもが時間を経る中で、以下のことができれば有益です。

•死の実在性と不変性を受け入れる。

•悲しみ、怒り、混乱、罪悪感といった死に関連したつらい感情に耐える。

•死によって変わった生活や自己のアイデンティティーに適応する。

•困難や孤独感を乗り越えるために新たな人間関係を築いたり、既存の人間関係をさらに深めたりする。

•亡くなった人のことを回想したり思い出したり記念行事を行ったりすることを通じて、その人に対する健全な愛着心を維持する。

•喪失の重さを理解することを含め死に意味を見出す。

•肯定的なことを思い出し、愛する人のいない生活への適応を促すような活動に従事する。

•正常な発達上の課題や活動への取り組みを継続する。

子どもやティーンエイジャーが小児期外傷性悲嘆において問題を抱えていることを示す兆候は?<br />

小児期外傷性悲嘆に苦しむ子どもは亡くなった人について幸せなことを考えているときですら、気が動転するような記憶に襲われることがあります。そのような子はトラウマ体験や喪失のリマインダーがあると死の悲惨な面にばかり繰り返し目が向いてしまい、正常な悲嘆過程を経ることができません。その子自身の生命が危機に瀕していた場合、悲嘆過程はさらに複雑なものとなるでしょう。

若者が悲嘆過程で問題を抱えているとき、以下のような兆候を示すことがあります。

•死に関する侵入性想起につきまとわれ、それが不意に出て来たり悪夢となって現れたりする。

•亡くなった人の死に方について罪悪感を抱く。

•学校をサボったり建物の倒壊現場を避けたり、亡くなった兄弟とよくやった遊びをすることを拒絶したりすることによって、不快な思考や感情、リマインダーを避けようとする。

•動揺する気持ちをやり過ごすための手段として感情的に引きこもり、感覚が麻痺しているように見えたり無感情になったりする。

子どもがトラウマ体験や死別の後に示す反応に適切な対応がとられなかった場合、長期的な影響が出る可能性があります。思春期の若者は深刻な鬱病を患ったり、アルコールや薬物に依存したり、後年その他の精神衛生上の問題を抱えることがあります。悲嘆過程における問題が数ヶ月も続いたり、それが通学したり友達との付き合いを楽しんだり活動に参加したり子どもらしい振る舞いをしたりする能力に差し支えるほど激しくなったり常習化したりした場合、養育者はメンタルヘルスの専門家に相談するべきです。

問題を抱えるリスクが高い子どもやティーンエイジャーは?

多くの子どもやティーンエイジャーが数週間から数ヶ月にわたる養育者の支援を受けて恐れや悲しみ、苦しみが軽減していくのを感じ、徐々に年相応の活動に参加することができるようになる一方、苦しみが続く子もいるでしょう。問題を抱えるリスクが高く特別な注意を要するのは以下のような条件を持つ子どもです。

•過去のトラウマ体験や死別

•既往の身体的、感情的、または学習上の問題

•適応能力に乏しい養育者

•友人、家族、その他の大人からの不十分なサポート

•転居、転校、また自宅や学校を失ったことから来るさらなるストレス

学校という環境における、特徴的な問題とは?

生徒たちだけでなく、学校のコミュニティー全体も、地震によって引き起こされた惨状や死について、いまだ順応している最中です。被災地域の多くの学校職員も、住む場所を失ったり、けがを負ったりしています。彼らの多くは、行方不明の家族、同僚の先生や職員、または、亡くなったりどこかへ引っ越さなければならなかった生徒たちを想い、嘆き悲しんでいます。

こうした学校特有の問題には、以下のようなことがあります。

●学校のコミュニティ

o 校舎が損傷を受けていれば、それが災害のときの出来事を思い出すリマインダーとなり、不愉快な反応を引き起こすきっかけになる。

o 学校職員の構成が変化することで、大人や生徒たちの感情を損ねることにつながる。

o 行方不明や移動になった仲間からはもうサポートは受けられず、新しく移動してきた生徒たちにより、クラスの構成が変わってしまう。

o グループ活動や社交的活動が変わってしまう、または終わってしまう。

o 学校が以前の機能レベルまで回復するために、新しい対策や、支援システムを確立する必要がある。

●学校関係者

o 職員自身がトラウマと悲嘆の反応や症状に苦しんでいる場合には、以前のように効果的に働くことができなかったり、生徒に対応する能力が低下してしまうことがある。

o 変わってしまった教室や、様々な反応を経験している生徒から生じるあらたなニーズに、職員は負担を感じるかもしれない。 

o これまで教えてきた教科内容の特定の題材(岩や地球に関連した項目等)が、今では辛く痛みを伴う記憶や反応を引き起こすことに気づかされる。

●生徒たち

o 学校にいる間、生徒たちは災害のことを思い出したり、悲嘆に関連した反応や他の症状を示すことがある。生徒たちの様々な反応は、彼らの地震の被災体験に関連がある場合もあるので、問題を適切に見極めて対応していくことが大事です。 疲れている生徒は、悪夢を見るため十分睡眠が取れていないのかも知れません。ぼんやりとしている生徒は、気持ちが乱れるようなことを考えているのかも知れません。 放課後のクラブ活動への参加を避ける生徒は、亡くなった前任の代わりに新しいコーチが来たことに釈然としない思いがあるかもしれません。怒っている生徒は、同級生を哀悼しているのかも知れません。宿題を済ませてこなかった生徒は、余暇のすべてを実家を建て直す手伝いに費やしているのかも知れません。

o 教師や教員が、生徒が適応に支障をきたしていることを示す症状や反応をみうけることもある。 生徒たちが繰り返しの遊びに興じるのを見たり、地震や死に関連したテーマのアートプロジェクトを制作していたりするのに気づくかもしれません。中には、その災害について取り付かれたように話したり、出来事の細部について質問してくる生徒もいるでしょう。

学校関係者は、どのようにして生徒を助けることができるでしょうか?

学校関係者は、生徒を観察したり、支援的な学校環境をどのように作っていくかを理解したり、さらなる助けが必要な生徒をいつ専門家に紹介するかの特定をしたしていく上で、非常に重要な役割を担っています。以下は教育者の方々への提案です。

· 前述のような、よくあるトラウマに対する反応に注意すること。

· すべての子どもが小児性外傷的悲嘆を発症するわけではないことを心しておくこと。また適応に困難をきたしている子どもたちには様々な反応が見られることを想定しておきましょう。

· もし、特定の生徒について懸念があるなら、その生徒に関する重要かつ適切な情報を、他の職員と共有すること。

· 通常の学校での日課や予想できるスケジュールを、できるだけ持続すること。支援的な環境を作り、生徒が変化に備えられるように十分に時間を取ってやること。

· 安全、正常で楽しい雰囲気を提供すること。社交や課外活動への参加を励ますのも良いことです。

· 生徒たちが助けを求めたり、話し相手を見つけたりできるような、看護師やカウンセラーがいる場所を学校内に設置するよう試みること。

· 生徒の心配事を注意深く聞くこと。オープンかつ平静でいるように心がけましょう。生徒が考えていることや恐れについて話すことを強いるのではなく、  彼らが心のうちを共有したくなった時にはあなたが力になれる、ということを伝えることが大事です。

· 生徒たちの質問には、正直に、また年齢相応な情報を明確に提供すること。 生徒によっては、繰り返し情報を求められることを予想しておきましょう。 職員が答えを知らないということを認めても、大丈夫です。

· 柔軟に対応すること。より困難な状況にある生徒を助けるために、宿題や試験を調整することも大切です。

· 必要なときには、教材の出し方を調整すること。例えば、科学の授業では、サイクロン(台風)についての正確な情報を含めること等。

· 自制能力と成績向上のために、集中力や記憶力を促すような教え方の技術を工夫すること。授業を始める前に内容の大筋を決めておいたり、新しい項目や複雑な情報は小分けに教えていったり、授業の内容をまとめた資料を事前に配布する、などしておくと効果的です。

· 何か問題を抱えていないか、または落ちこぼれつつあるかの徴候を知るために、生徒の成績や行動 を観察すること。

· 子どもや十代の若者が、怒ったり退行的行動をするのは、衝撃的な死に対する反応の現れであるかもしれないことを理解すること。生徒が安全だと感じられるように手助けし、必要であればさらなるサポートを求めましょう。

· 生徒同士がお互いの苦悩に繊細な理解を示し、積極的に助け合えるように手助けすること。例えば、遊ぶときに互いを仲間に入れるよう励ます、いじめを監視する、仲間同士でも静かな時間・距離が必要であることを教育する、活動の際、すべての生徒が関わることができるように、生徒同士をペアにする等。

· 過剰な責任を感じている生徒に気をつけること。災害時の出来事や死について自分を責めないように生徒たちをうながしましょう。

· 生徒たちが、信頼できる大人と話すことや、友達と遊ぶ、楽しみのための読書や歌、ダンス、芸術活動などの楽しい活動にいそしむことなどの、 自分自身にあった対処法を身に付け、それを使えるように励ます。

· 学校や地域をとおしての援助活動に関わることができ、興味がある生徒たちには役に立てる機会を与える。

· 自分自身のつらい感情に適切に対応することによって皆の手本を示す。

· 思いやりがあり、支えとなる関係を生徒たちと築き、心配事を抱える家族への支援にも対応できるようにしておく。

· 自分自身の反応にも注意と関心をはらうこと。生徒たちとの協力をより難しくするような、私的な悩みを自覚するようこころがける。

· 同僚とネットワークを作り、家族や友達からの支援を求め、自分自身の健康を保つべく努める。

· 学業に重大な問題を抱えている、鬱の症状や表出行動がある、持続的な強い感情の乱れが続く、というような、さらなる助けが必要な生徒は、教育専門家やカウンセラーに紹介する。